札幌地方裁判所室蘭支部 昭和47年(ワ)263号 判決 1975年3月14日
原告 石川紀夫 外二名
被告 新日本製鉄株式会社
主文
被告は原告石川紀夫、同田崎清志に対しいずれも金五万六、五〇一円、同鶴岡徳幸に対し金五万円および右各金員に対する昭和四七年一〇月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
原告らその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを五分し、その一を被告の、その余を原告らの各負担とする。
事実
第一、当事者の求めた裁判
(原告ら)
一、被告がそれぞれ昭和四七年一月二七日付で原告ら各自に対してした「一〇日間条件付出勤停止に処する。」旨の懲戒処分は、無効であることを確認する。
二、被告は原告石川に対して金九万二、〇九九円、同田崎に対して金九万二、九〇九円、同鶴岡に対して金五万二、一六八円および右各金員に対する昭和四七年一〇月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
三、訴訟費用は被告の負担とする。
四、第二項につき仮執行の宣言
(被告)
一、原告らの請求をいずれも棄却する。
二、訴訟費用は原告らの負担とする。
第二、当事者の主張
(請求の原因)
一、被告は鉄鋼および化学製品の製造販売等を業とする株式会社であり(以下被告会社ともいう。)原告らは(以下単に石川、田崎あるいは鶴岡ともいう。)昭和四五年四月一日被告室蘭製鉄所に技術職社員として採用され、原告石川、同田崎は圧延部線材工場に、同鶴岡は化工部コークス工場にそれぞれ勤務してきた。
二、被告は、昭和四七年一月二七日、原告らに対し、それぞれ書面により次のとおりの懲戒処分(以下本件懲戒処分という。)を通告した。
「昭和四七年一月一四日、原告ら三名が共謀し、室蘭製鉄所第一〇回成人式祝賀会の式典挙行中、所長の成人におくる祝辞演説を、式場壁面にビンを投げつけ破裂させ、所長演説中の演壇を占拠しようとし、また司会者マイクを占拠し、この間会社誹謗の叫び声をあげるという一連の暴行によつて妨害してこれを中断せしめ、またマイクの一部を損壊した。更にその後就業禁止の命令を公然と拒否する言動に出た。これらの行為はまことに遺憾である。よつて社員就業規程第四七条第一項第七号、第八号、第九号、第一一号により一月二七日から二月五日まで一〇日間条件付出勤停止に処する。」
三、そして原告らは本件懲戒処分をうけたため、次のような賃金上の損失をうけた。
1 条件付出勤停止一〇日間の賃金カツト分
原告石川 一万七、二二五円
原告田崎 一万七、九九七円
(なお原告鶴岡は当時業務外の病気で休業していた。)
2 昇給減額分(昭和四七年四月一日から同年九月三〇日まで)
原告石川 六、八七四円
原告田崎 六、九一二円
原告鶴岡 二、一六八円
3 賞与カツト分(昭和四七年度の中元賞与)
原告石川、同田崎 各六万八、〇〇〇円
原告鶴岡 五万円
4 合計
原告石川 九万二、〇九九円
原告田崎 九万二、九〇九円
原告鶴岡 五万二、一六八円
四、仮に本件懲戒処分が有効としても前記三、3の賞与全額不支給及び同三、2の昇給減額の根拠となつた労働協約の各条項は強行法規たる労働基準法九一条に違反した無効なものである。
1 中元賞与の不支給について
(一) 被告会社における賞与支給の実態、労使の意識からみても、賞与は単なる恩恵的なものとはいえず、労働の対償としての性格をもち、労働基準法一一条で定義されるところの「賃金」であるというべきで、被告会社の賞与額等の支給条件が毎年度ごとに労使間の協定で定められるからといつて右賃金である性格を否定する理由にはならない。また賞与額確定について被告会社に合理的範囲の裁量権があるとしても、これも賞与が賃金であることを否定する理由にはならない。
(二) そして同法九一条の立法趣旨からして減給の制裁の定めが就業規則でなされる場合だけでなく、労働協約でなされた場合にも、同条が適用されるべきである。
(三) なお原告らにはそもそも賞与に関する債権が発生していないから、同条の適用の余地はないとする被告の主張は理由がない。
同条の立法趣旨からみても一旦発生した賃金を減額すると定めるのと、そもそも賃金債権が発生しないと定めるのと、実質において何の差異もない。しかも被告会社における賞与支給の実績ないし慣行からすれば原告ら従業員は協定締結前においても条件付かつ不確定の賞与請求権を有し、協定によりこれが確定すると解すべきである。
(四) したがつて中元賞与を全く支給しないことは、労働基準法九一条に違反する。
2 昇給減額について
被告会社の就業規則である賃金規程一一条は「昇給は毎年四月一日に行なう。」旨定めており、これにもとづき毎年労使の「昇給に関する協定」により定期的かつ一率に昇給額がきめられるのが常例である。こうした事情からすれば、右協定で前年度に条件付出勤停止処分を受けた者を定期昇給の無資格と定めていることは、その実質において前記中元賞与についてのべたと同じ理由で同条の適用をうける減給であり、同条の制限に反するものとして無効である。
3 なお、右条項が同条の制限をこえない限度で有効であるとしても、中元賞与カツト分及び昇給減額分の各支給すべき金額から原告ら各自の平均賃金の一日分の半分すなわち原告石川、同田崎について各一、一〇〇円、同鶴岡について一五〇円を減額することが許されるにすぎない。
五、そこで原告らは被告に対し本件懲戒処分は無効であるのでその確認を求め、あわせて原告石川に対し九万二、〇九九円、同田崎に対し九万二、九〇九円、同鶴岡に対し五万二、一六八円の各賃金及び右各金員に対する本件訴状送達の翌日である昭和四七年一〇月一〇日から支払いずみにいたるまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
(請求原因の認否)
一、請求原因一の事実のうち原告らが被告に採用になつたのが昭和四五年四月一日であることは否認し、その余の事実は認める。
二、請求原因二の事実は認める。
三、請求原因三の事実中原告ら主張の各金員を支払わなかつたことは認める。
1 同三、1の金員のうち賃金カツト分は原告石川につき一万七、二二〇円、同田崎につき一万七、九九〇円である。
2 同2の昇給減額分は、原告らが定期昇給をうける資格を失つた結果によるもので減額されたという主張自体が失当である。
3 同3賞与カツト分は、労働組合との協定で「調査期間中に条件付出勤停止処分を受けた者」は賞与受給の資格を失う旨定めていることにもとづくものである。
四、請求原因四の主張は争う。右主張は全く失当である。
1 中元賞与の不支給について
(一) 被告会社では賞与についての一般的規定はなく各年度ごとに労使の協定により支給額などの条件を定める慣行であり、協定後さらに会社による勤務成績の評定などの手続を経て各自の具体的支給額は決定される。そして被告会社では期間中における会社業績をもとにその成果を従業員の貢献度に応じて配分するとの理解のもとに賞与の支給をしてきたものであり、その性格は単なる過去の労務提供に対する報償にとどまらず、その支給により爾後の努力、精進を期待する趣旨をも含むものである。特に、貢献度に応じて支給するということは賞与が勤務成績に応じて支給されるものとするその一般的特性にも合致するものである。
(二) そして期間中、条件付出勤停止となつた者を賞与支給の無資格と定めたのは、懲戒解雇にも相当する者を特に猶予したのであるから、仮に期間中継続して労務の提供を行なつた事実があつたとしてもその勤務成績は極めて劣位にあり、企業に対する貢献度においてはむしろマイナスと評価するのが相当であり、右賞与の性格からみれば、受給資格がないのが当然であるからである。
(三) また労働基準法九一条にいう「減給」とは既に発生している特定の月又は日の賃金の中からその一部を控除することをいい、このような「減給」の対象となる賃金は、減給処分当時において既に発生し、かつ、その金額が確定していることを要件とすると解すべきである。しかし、被告会社においては前述した賞与支給の実態からしても、労使の協定以前においてなお期間中就労したことのみを理由にして当然に会社に対して賞与の請求権があるとする何らの法的根拠もない。原告らについては右協定自体で賞与を支給しない欠格者とされているのであるから昭和四七年の中元賞与についてはもともと賞与請求権は発生しなかつたのである。そしてこのような将来支給さるべき賞与についての支給条件は労使が自由に定めうるところであり、その効力を否定するいわれはない。
2 昇給減額について
懲戒処分をうけたことが昇給について別に定めた条件に起因して結果的に当該労働者に不利益を招来したとしても、右不利益は制裁としての減給の直接の効果ではなく、別に定められた他の原因によつて新たに生じたものに外ならず、このような場合を目して減給に関する法の限度を超えるものと解することは正当でない。
(抗弁)
一、本件懲戒処分にいたる経緯
1 被告会社室蘭製鉄所では昭和三八年以来毎年一月一五日ごろ、その年に成人に達する社員を集め、製鉄所幹部が新成人を祝福、激励するための成人祝賀会を行なつてきた。
2 昭和四七年の成人祝賀会は、成人該当者約三二〇名のうち二四〇名が出席して同年一月一四日室蘭市輪西町所在の製鉄所健康保険組合体育館大ホールで開催された。そして、会場には参列者が課、工場別にそれぞれまとまつて参加できるように席を指定した一一のテーブルを置き、会場前面ステージ下の中央に演壇を、ステージに向つて右前方に司会者用スタンド式マイクロホンを設けた。
3 原告石川、同田崎は、その所属する線材工場の同僚とともに最前列最左端のテーブルに、原告鶴岡は同じくコークス工場の同僚とともに、最前列最右端のテーブルに着いた。
4 (一) 成人祝賀会は午後五時三〇分頃開始され、被告会社室蘭製鉄所々長原田鼎が演壇に立つて「成人に贈ることば」と題して祝辞と激励の挨拶を述べはじめたが、開始後二、三分経つたころ、原告石川が自席から突然テーブル上にあつたフアンタの瓶をとつて正面ステージ裾左側の壁に投げつけ、このため瓶は大きな破裂音を響かせて粉々に砕け散つた。
(二) そして原告石川は、そのまま着席していたテーブルの左方を迂回し、前方に飛び出し「成人式粉砕」などと大声でわめきながら挨拶中の所長に向つて走り出した。
(三) 当日司会役として前記マイクロホンの位置にいた同製鉄所教育課長阿部隆雄は、鋭い破裂音と原告石川の意外な挙動をみて所長の身辺に危険を感じて演壇の前を通り、走つてきた石川を演壇の七、八メートル手前の地点で前面から制止し、そのまま会場の外に押し出そうとしたが、石川は激しく同人に抵抗したため、その場でそのまま若干揉み合つた。この間原告石川は前同様わめき続けたが、教育部の掛員二名がかけつけてようやく同人を会場左出入口までつれ出した。
5 (一) 原告田崎も原告石川とほとんど相前後して同じテーブルの自席から前に飛び出したが、石川が前記のように阿部に制止されている間にその横を通り抜けて所長のいる演壇にかけ上がり、原田所長に対し、あたかもそのマイクロホンを奪うためのようにいきなりその横合いから同所長に手を突出したが、瞬間同所長はその手を払つた。
(二) 司会者補佐として阿部課長の後方にいた教育課掛長長田輝雄は、原告田崎が所長に向つて走つてくるのをみて瞬間所長に危害を加えるのではないかと思い、演壇の左端にかけ寄つて既に壇上にあつた田崎を後ろから両腕で抱えて演壇から引きおろし会場外につれ出そうとしたが、田崎もこれに抵抗したのでその後教育部掛員二名の応援を得て、ようやく会場外につれ出した。
(三) この間原告田崎は、何回となく「成人式粉砕」等と大声で叫んだ。
6 (一) 原告鶴岡は前記のように前列最右端で司会者の位置に最も近いテーブルにいたが、右阿部、長田が原告石川、同田崎を制止するため司会者席を離れると、その隙をねらつて自席から走り出て、司会者用マイクロホンをとつて「我々は工藤君を殺した金で欺瞞的な成人式を行なうことを先頭切つて粉砕する。」という趣旨のアジ演説を始めた。
(二) これをみて祝賀会撮影のため会場右前方にいた広報掛員藤谷照三は、そこにかけつけてマイクロホンを取り上げようとしたが、原告鶴岡がこれを固く握つてはなさなかつたため両者で争う形になり、右藤谷は、二名の教育部掛員の応援で鶴岡の身体を抱えるようなかつこうで会場右方から外につれ出した。
(三) この争いの中で、マイクロホンの一部が折損した。
7 このような原告らの一連の言動で所長挨拶は約五分間中断され、以後式次第に従つて祝賀会はほぼ予定通り実施されたものの、原告らの意表をついた言動が出席者に与えたシヨツクは極めて大きく、騒然とした空気がおさまつた後も祝賀気分がわかず、本来厳粛に進められるべき祝辞、答辞等も上の空で受けとられ、歓談、会食に入つてからも例年のような幹部との活発な話し合いや職場単位の余興は行なわれず、終始気づまりな雰囲気が会場を支配するという状況で、このため途中退場者が相次ぎ例年三〇分ぐらいは予定を超過するのに、当日は予定より早目に散会せざるをえない実情であつた。
8 被告会社は原告らの前記4ないし6の行為は室蘭製鉄所社員就業規程(以下たんに社員就業規程という。)に照らし懲戒事由に該当するものと考え、昭和四七年一月一六日、同規程四八条にもとづき同日から懲戒処分が決定するまでの間原告らの就業を禁止することとし、同日その旨原告らに対し通知した。
9 しかるに、原告石川、同田崎は、前同日この処置に公然と反抗して就労闘争と称して当日午後一〇時一五分からの丙番勤務に就こうとし、上司らの説得にも応ずることなく、保安員らの手で翌日午前二時ころようやく退去させられた。そして、同月一七日から二五日までの間七回わたり製鉄所門前で強行就労を試みた。
10 さらに同月二一日と二五日、原告ら三名は製鉄所門前等において一般従業員に対し成人式における行動等に関し原告ら三名名義の「怒りの場としての成人式」、原告鶴岡名義の「私達は事実を訴える!!」と各題するビラを配布し、被告会社を誹謗する言動を行なつた。
11 なお、原告ら三名が成人祝賀会開始前会場入口で「我々は成人式を拒否する!!」と題するビラを配布したことやその内容、前記当日の会場での言動、前記就業禁止後の抗議行動とくに原告田崎の所長宛「抗議文」の内容等からみて、原告らの一連の行動がその共謀にもとづくことは明白である。
12 そこで、被告会社は、労働部において原告らから事情を聴取するなどして事実を調査したうえ、「室蘭製鉄所賞罰委員会規程」により社員の懲戒につき所長の諮問に答えるべき賞罰委員会において、同月二五日原告らから直接に事情を聴取し慎重な審議をし、その出席委員全員が原告らの行為は社員就業規程に照らし徴戒解雇にあたるとの点では意見の一致をみたが、一部の委員から原告らが未だ若年であることや、会社の生産業務を直接妨害したものでないことなどの情状を考慮して「条件付出勤停止(但し一〇日)」にとどめるべきであるとの意見が出され、これを少数意見として付し同月二七日所長に上申し、これをうけた懲戒権者である所長は、右の少数意見の趣旨を考慮して、同日本件懲戒処分を発令した。
二、本件懲戒処分の正当性
1 被告会社の社員就業規程四七条一項は、社員の懲戒解雇につき次のとおり規定している。
「社員が、次の各号の一に該当するときは、懲戒解雇に処する。ただし、情状により処分を軽減することがある。
1ないし6(省略)
7故意に業務の運営を阻害し、または阻害しようとしたとき
8故意に災害事故をひき起こし、または会社の設備器具を損壊したとき、
9他人に暴行強迫を加えたとき
10(省略)
11業務上の指揮命令に違反し、業務上の義務に違背したとき
12ないし17(省略)」
2 前提―成人祝賀会の業務性
前記成人祝賀会は、被告会社の重要行事であり、会社の業務である。すなわち
(一) 右祝賀会を被告会社が開催する趣旨は、これを機会に新たに成人する社員にその社会的責務を自覚してもらうと共に、彼らと平素接触の機会の少ない製鉄所幹部とテーブルを囲んで意思の疎通をはかろうというものである。
(二) とくに技術革新の進展にともない、被告会社における若手従業員の数は急上昇し、逐次設備運用の重要な面を担当しつつあり、その動向は会社の将来を左右するものとしてかねて教育指導を強化してきた。そしてその大多数は郷里をはなれての寮生活で孤独に陥り易いことや、人間としても未完成であることなどから、製鉄所中堅社員や幹部との交流の機会をもうけて対話をはかることに努めていた。この意味で成人祝賀会はそのような「対話の場」、「教育の場」として充分な機能を果すことが期待されていたのである。
(三) そこで、被告会社はこれを教育部に主管させ、昭和四七年については教育部が前年一二月中旬ごろから準備を進め、当日は所長以下多数の幹部が出席し、新成人の所属する課、工場の長は出席が義務づけられ、延べ七〇余名の社員が会場設営、運営などのために動員され、また会の費用約五〇万円はもちろん会社が負担した。
(四) 成人祝賀会は式典的部分と歓談、会食の部分からなり、前者は所長の祝辞から始まり記念品贈呈、新成人代表の答辞等整然厳粛な雰囲気の中で行ない、後者は各テーブルに製鉄所幹部と新成人が入り交じつて着席し飲食を共にしつつ接触を深め、さらに壇上等で演じられる余興に共に興ずることとなつており、これを通じて前記の目的の達成がはかられていたのである。
(五) 以上の諸点からみれば、右祝賀会が会社の重要行事であり、その業務であることは疑問の余地がない。
なお、新成人の出欠が自由とされていたのは勤務の都合で出席できない者もいることを考えたものであり、祝賀会が就業時間外に行なわれたのは該当者の出席の便宜を考えてのことであり、また会場が製鉄所構内でなく健康保険組合体育館となつたのは収容能力からみて適当な施設が構内になかつたためであつて、これら事情はなんら祝賀会が会社の業務であることを否定することにはならない。
3 懲戒解雇事由(社員就業規程四七条一項各号)該当性
(一) 同項7号
原告らの成人祝賀会における前記一連の行為は、会社の業務である祝賀会の運営を阻害するものであり、右7号に該当する。
(二) 同項8号
前記一、6のとおり原告鶴岡が司会者用マイクロホンを損壊したのは右8号に該当する。
(三) 同項9号
前記一、45の原告石川、同田崎の各行為は、右9号に該当する。
(四) 同項11号
原告らが就業禁止の措置に対し、就労を強行しようとしたり、これを公然拒否し誹謗するビラの配布をしたことは、右11号に該当する。
4 よつて、原告ら三名については、いずれも右のとおり社員就業規程からみて懲戒解雇にあたる事由があり、その情状からしても懲戒解雇に値するものであり、これを軽減してした本件懲戒処分はもとより正当である。
(抗弁の認否)
一、本件懲戒処分の経緯について
1 抗弁一、2の事実のうち出席人員を除くその余の事実および同3の事実は認める。
2 同4(一)の事実、および同(二)の事実のうち原告石川がテーブルから飛び出し成人式粉砕などと大声で叫びながら前方に走り出たこと、同(三)の事実のうち教育課長阿部隆雄が制止しようと石川の身体に手をかけたこと、その後もなお石川が同様叫び続けたことは認める。なお石川が走り出たのは所長に向つたものではなく、教育課長に制止される以前に所長の手前約一〇メートルで止り、参加者の方に向き直つていた。
3 抗弁一、5(一)の事実のうち、原告田崎が同石川が走り出た直後に飛び出て石川が教育課長に制止されている間に所長のいる演壇上に上つたこと、同(二)の事実のうち教育部掛員が田崎にかけ寄りその両腕を抱えて演壇から降ろし会場外につれ出したことは認める。なお、田崎がマイクロホンのある演壇中央に進もうとしたところ、所長が近寄つてきて片手で田崎の肩のあたりを押した事実はあるが、田崎の方から所長の方に手を突き出してはいない。
4 抗弁一、6(一)、(二)の各事実は認める。同(三)の事実は否認する。
5 抗弁一、7の事実のうち、原告らの言動により所長挨拶が約五分中断されたこと、以後式次第に従つて祝賀会が予定通り実施されたことは認め、その余は否認する。
6 抗弁一、8の事実は認める。
7 抗弁一、9の事実のうち、原告石川、同田崎が就業禁止の通知をうけた日から就労闘争をし、職場に出たり製鉄所門前で就労の意思を示したことは認める。
8 抗弁一、11の事実のうち、原告ら三名が成人祝賀会開始前に会場入口付近で被告主張のビラを配布したことは認める。
9 なお、原告ら三名の成人祝賀会での行動は次のような動機にもとづくものである。すなわち、
原告らは資本主義体制の動揺が外には侵略、内には合理化、労働災害の多発等の問題をもたらすものと考え、室蘭製鉄所にある対韓技術援助部門は経済侵略の一環であり、また昭和四六年に発生した同僚工藤のベンゾール中毒死という労働災害は合理化の犠牲であると受け止め、被告会社の責任を追及しようとしてきた。原告らは、成人式が新成人に社会秩序を植えつけ、差別抑圧の対象として体制内に編入する儀式であり、また、特に災害事故等に関する被告会社の責任が不問にされたまま被告会社の主催する成人式が行なわれることは欺瞞であると考えた。そこで原告らは成人式の機会にこのような自分達の主張を同僚に訴え、成人式を拒否することを呼びかけようと思つたのである。
二、本件懲戒処分の正当性について
1 抗弁二、1の事実は認める。
2 抗弁二、2の主張は争う。
3 抗弁二、3の主張は争う。
(一) 原告らの成人祝賀会での行動に社員就業規程を適用することは許されない。すなわち、右規程は労働者の勤務時間中の職場内での行為に適用されるのが原則であり、一方本件成人祝賀会は、就業時間外に行なわれたもので、それへの出欠も自由であり、祝賀会の行なわれた体育館も職場ではないから、そこでの行為は社員就業規程の規律の対象にはならない。
(二) また、各行為は同規程四七条各号にも該当しない。
(1) 前記のように祝賀会は「業務」とはいえないから同条項7号には該当しない。
(2) 原告鶴岡がマイクロホンを折損したのが仮に真実であるとしても、故意にしたものでないし、そもそもマイクロホンは健康保険組合の備品であつて被告会社のものでないから、同8号を適用する余地もない。
(3) 原告石川はフアンタ瓶を壁にめがけて投げたのであつて所長に目がけて投げたのではないから暴行にあたらないし、「合理化粉砕」の叫び声が暴行でないことは明白で、結局同9号にも該当しない。
(4) また原告らが、就業禁止の措置に全面的に服さなかつたのは、その制度自体が不合理なうえ、その前提たる祝賀会での行動は懲戒の対象にならないから右就業禁止は要件を欠くと信じたからであつて、これをもつて同11号に該当するものというのは相当でない。
(再抗弁)
一、公序良俗違反
社員就業規程四五条は、懲戒処分としてけん責、減給、出勤停止、条件付出勤停止および懲戒解雇の五種類を定めているが、条件付出勤停止は、以後同規程四六条(けん責、減給、出勤停止)または四七条(懲戒解雇)に該当する行為があつた場合には、懲戒解雇に処することを明示した上で始末書を提出させ、一〇日以内出勤を停止し、その間の賃金を支給しない、という処分である(同規程四五条五項)。そして、どのような場合に条件付出勤停止になるか規程上明確でなく、また、この処分を受けると、以後けん責、減給または出勤停止に該当する行為をしたときは、当然に懲戒解雇になり、しかも、このような効力をもつ条件付出勤停止処分の期限が定められておらず、いわば、無期限の執行猶予である。このように労働者にとつて極刑ともいうべき懲戒解雇の執行猶予が無期限に続くということは、労働者の生活を著しく不安定にするもので、社会通念上このような苛酷で不合理な制度は存在を許されない。したがつて、これを適用した本件懲戒処分は公序良俗に反し無効である。
なお、この制度の「弾力的運用」をはかるといつても、懲戒権者の恣意を防止するための基準が、就業規則上で定められていない以上、労働者にとつては何の保障にもならず、制度の不合理を是正するものとはいえない。
二、懲戒権の濫用
原告らの成人祝賀会における言動は表現の自由の範囲に属するものであり、前記のように会の中断時間もわずか五分程度である。また、マイクロホンの破損が事実としても故意にしたことではなく、損害もごく軽微であり、暴行強迫などは一切していない。それなのにこれら言動に対し、本件懲戒処分をしたのは著しく重く、懲戒権を濫用したものであり、無効である。
(再抗弁の認否)
一、再抗弁一の主張は争う。
原告らの主張は、社員就業規程の文言をただ機械的に解釈するものであり、制度の沿革とその運用実態を無視している。
すなわち、条件付出勤停止制度は旧八幡製鉄における制度をそのまま取り入れたもので、元来この制度は、就業規則上当然懲戒解雇に付することが相当とされた場合でも被処分者に再起の機会を与えるため、特に解雇の執行を猶予する制度を考慮して欲しいとの労働組合の要請により昭和二四年から事実上実施されたもので、以来慣行として定着していたが、昭和四〇年就業規則の中に懲戒処分の一つとして取入れられたものである。この沿革からも明らかなように、この制度は懲戒解雇が相当とされる場合において、特別の恩典として解雇を猶予することに重点がある。
また、この恩典的措置にもかかわらず、再度懲戒条項に該当する行為をするときは、通常、反規範性が顕著であつて、特にきびしく評価されるであろうが、直ちに他の諸事情を考慮することなく機械的に懲戒解雇にする訳でもない。すなわち、再度過ちを犯した場合でも、新懲戒事実が軽微であり、前に条件付出勤停止になつたことを重大な情状の一つとして斟酌しても、なお懲戒解雇に付することが酷である場合とか、新旧両事実の時間的間隔が大きく、両者を関連付けてその反規範性を評価するのが不当であるときは当然懲戒解雇以外の処分にとどめられるのである。このように条件付出勤停止における「条件」はいわば情状が重いことの警告的意味を持たせるものであつて、法的拘束力があるわけでなく、またその効果が無期限に続くものでもない。そして事実旧八幡製鉄における約一〇年間において、この処分を受けた二九件のうち再度過ちを犯して解雇されたのはわずか一例にすぎず、それも処分後一年して再度婦女に暴行したという事犯であり、この事実のみでも懲戒解雇を至当とするものであつた。このような制度の弾力的運用の実態からみても原告らの主張は失当である。
二、再抗弁二の主張は争う。
原告らの行為は時間こそ五分ほどであつたが、その態様、性格、影響等を考えるとその情は軽くなく、また、その後の態度に反省の色がないばかりか、かえつて被告会社の措置に反抗を重ねたことを考慮すれば、本件処分は決して重すぎるものではない。
第三、証拠<省略>
理由
一、被告が鉄鋼および化学製品の製造販売等を業とする株式会社であり、原告らが被告会社室蘭製鉄所に技術職社員として採用され、原告石川、同田崎が圧延部線材工場に、同鶴岡が化工部コークス工場にそれぞれ勤務してきたこと、被告が昭和四七年一月二七日原告らに対し、それぞれ書面により本件懲戒処分を通告したことは当事者間に争いがない。
二、そこで本件懲戒処分の適否について判断する。
1 成人祝賀会における原告らの行動
(一) 被告会社室蘭製鉄所の昭和四七年の成人祝賀会が同年一月一四日室蘭市輪西町所在の製鉄所健康保険組合体育館大ホールで開催されたこと、会場には参列者が課、工場別にそれぞれまとまつて参加できるように席を指定した一一のテーブルが置かれ、会場前面ステージ下中央に演壇が、ステージに向つて右前方に司会者用スタンド式マイクロホンがそれぞれ設置されていたこと、原告石川、同田崎はその所属する線材工場の同僚とともに最前列最左端のテーブルに、原告鶴岡は同じくコークス工場の同僚とともに最前列最右端のテーブルに着いたことは当事者間に争いがない。
(二) また、成人祝賀会が同日午後五時三〇分ころ開始され、被告会社室蘭製鉄所々長原田鼎が演壇に立つて「成人に贈ることば」と題して祝辞と激励の挨拶を述べはじめて二、三分経つたころ、原告石川が自席から突然テーブル上にあつたフアンタの瓶一本をとつて正面ステージ裾の左側の壁に投げつけたこと、このため瓶が大きな破裂音をたてて砕け散つたこと、そして原告石川が位置していたテーブルから飛び出し、成人式粉砕などと大声で叫びながら前方に走り出したことは、当事者間に争いがなく、証人阿部隆雄の証言によれば、原告石川は演壇の手前で列席者の方に向きなおり大声でさらに成人式粉砕などと叫んだこと、当日司会者として右前方マイクロホンの位置にいた教育課長阿部隆雄がこれをみて制止しようと石川に走りよつて身体をかかえ込み、会場すみの方へ同原告を引き寄せようとしたが果たせなかつたことを認めることができ、原告石川本人尋問の結果中右認定に反する部分はたやすく措信できず、その他右認定を左右する証拠はない。その後原告石川がなおもその場で叫びつづけたが教育部掛員二名により会場外に連れ出されたことは当事者間に争いがない。しかし、原告石川が走り出たのは所長に近づくことが目的であつたこと、阿部に制止されてからも所長に近づこうとしたことおよび原告石川が阿部に対して激しく抵抗したことについて証人阿部隆雄はその旨証言するが、右証言部分は原告石川本人尋問の結果に照らし、たやすく措信することはできず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。
(三) 原告石川の飛び出した直後、席から走り出た原告田崎が前記のように石川が教育課長に制止されている間に所長が挨拶している演壇に上つたことは当事者間に争いがなく、また証人長田輝雄、同松岡宏の各証言によれば、演壇に上つた田崎が所長の方に近づき立ち止まつて所長のいる方に右手を突き出すような動作をしたこと、所長がこれに対し田崎の方に両手を突き出してその手を払うような動作をしたこと、一方司会者補佐として阿部課長の後方にいた教育課係長長田輝雄が所長の方に向つて走つてくる田崎をみて演壇の左端にかけ寄り、壇上の田崎を後から両腕で抱えて演壇から引きおろそうとしたこと、これに対し田崎は足をふんばり引きおろされまいと抵抗したこと、この間田崎が演壇上で成人式粉砕などと叫んだことがそれぞれ認められ、原告田崎本人尋問の結果中右認定に反する部分は直ちに措信できず、他に右認定に反する証拠はない。ついでそこにかけつけた教育部掛員二人により両腕をとられて演壇から引きおろされ、会場外に出されたことは当事者間に争いがない。しかし、田崎が所長に対して暴行・強迫を加える意思をもつていたことや、前記田崎の突き出した手が所長の身体に触れたことについては、これを認めるに足りる証拠はない。
(四) 前列最右端のテーブルに着き司会者の位置に最も近かつた原告鶴岡が、右阿部、長田が石川、田崎を制止するため司会者席を離れるやその隙をねらつて自席から走り出て司会者用マイクロホンを持つて「我々は工藤君を殺した金で欺瞞的な成人式を行なうことを先頭切つて粉砕する。」等というアジ演説をしたこと、これをみて祝賀会撮影のため会場右前方にいた広報掛員藤谷照三がそこにかけつけマイクロホンを取り上げようとしたところ、鶴岡がマイクロホンを持つた手をはなそうとしなかつたため両者で争つたが、さらに二名の教育部掛員の応援により同人の身体を抱えるような形で会場外につれ出したことについては、当事者間に争いがない。そして証人藤谷照三、同阿部隆雄の各証言および証人佐藤進の証言により真正に成立したものと認められる乙第七号証の一、二によれば、マイクロホン本体を握つている鶴岡に対し、藤谷がマイクロホンを取り上げようとした際、原告鶴岡がうしろにこれを引いたために右司会者用マイクロホンのスタンドのうちマイクロホンをささえる部分が折損したことが認められ、右認定に反する証拠はない。
(五) 原告らのこれら一連の言動で所長挨拶が約五分間中断されたこと、それ以後式次第に従つて祝宴までほぼ予定通り実施されたことは当事者間に争いがない。そして証人阿部、同長田、同伊藤力郎、同松岡の各証言によれば、中断後の祝賀会は原告らの言動の影響もあつて、低調で盛り上がりに欠け、祝辞等も上の空で聞かれ、祝宴に入つても幹部や上司との会話もとぎれがちで、また例年行なわれていた職場単位の余興も全く行なわれず、途中退場者も多く用意した料理も余る状態であり、定刻より一〇分前には止めざるをえない状態であつたことを認めることができ、該認定に牴触する証拠は見当らない。
(六) 被告会社が原告らの成人祝賀会における行為を懲戒事由にあたるものと考え、昭和四七年一月一六日社員就業規程四八条にもとづき、同日から懲戒処分が決定するまでの間、原告らの就業を禁止することとし、同日その旨原告らに対し通知したことは当事者間に争いがない。
(七) 原告石川、同田崎が右通知を受けた一月一六日これに反して勤務に就くため同人らの職場に赴いたこと、以後も数日にわたり製鉄所門前で就労の意思を示したことは当事者間に争いがない。そして証人伊藤の前記証言によれば、同月一六日職場に出た石川、田崎は丙番勤務に就こうとし、同日午後一一時ごろかけつけた上司である工場長伊藤力郎や労働部係長の帰るようにとの説得にすぐには応じようとせず、翌一七日午前一時すぎに会社保安係のジープで構外に出たこと、石川、田崎は以後同月二七日まで連日のように製鉄所中島門や中門から構内に入ろうとし、その都度保安係に阻止されたことを認めることができる。
しかし、同月二一日及び二五日に原告ら三名名義の「“怒”りの場としての成人式」及び鶴岡名義の「私達は事実を訴える!!」と各題するビラを原告ら三名が製鉄所正門前で一般従業員に配布した事実については、これを認めるに足りる証拠はない。
(八) 原告ら三名が成人祝賀会開始前に会場入口付近で成人祝賀会に対する自分たちの主張を記載した「我々は成人式を拒否する!」と題するビラ(甲第一号証)を配布したことは当事者間に争いがなく、また成立に争いのない甲第一号証のビラの末尾には「成人式を粉砕し怒りの場と化そう!!」との記載が存し、一方成立に争いのない乙第一五号証の二によれば、原告田崎が就業禁止等に関して出した製鉄所長宛抗議文には「コーラビンを壁にぶつけ、それを合図に3人(田崎、鶴岡、石川)が会場前に出、仲間にアツピールした。」と記載されていることが認められる。以上認定事実および前記認定の就業禁止後の原告らの行動やまた成人祝賀会における原告らの行動態様そのものを総合すれば、原告ら三名の成人祝賀会での行動は、各自の具体的行動の細目はともかく少くとも成人式拒否を新成人参加者に呼びかけることをあらかじめ相談し、その目的のもとに行なわれたものと推認することができる。
2 懲戒解雇事由(社員就業規程四七条一項各号)該当性
(一) 被告会社の社員就業規程四七条一項には、社員の懲戒解雇につき、次のとおり規定されていることは当事者間に争いがない。
「社員が、次の各号の一に該当するときは、懲戒解雇に処する。ただし、情状により処分を軽減することがある。
1ないし6(省略)
7故意に業務の運営を阻害し、または阻害しようとしたとき
8故意に災害事故をひき起こし、または会社の設備器具を損壊したとき
9他人に暴行強迫を加えたとき
10(省略)
11業務上の指揮命令に違反し、業務上の義務に違背したとき
12ないし17(省略)」
なお、原告らは、成人祝賀会への出席は原告ら新成人にとつて義務づけられておらず、しかも右祝賀会は就業時間外に、被告会社の構外で行なわれたものであり、そこでの原告らの行為は職務行為とは言えず、そもそも右規程は適用すべきでない旨主張するが、右規程四七条一項が職務行為に限定されることなく、職場外、就業時間外の行為にも適用されることは規程の内容から明らかであり、原告らの主張は理由がない。
(二) 7号の懲戒解雇事由について
(1) 成人祝賀会が被告会社の「業務」といえるかにつき検討する。
(イ) 開催の趣旨・目的
証人原靖二郎、同阿部隆雄、同沢田昌平の各証言によれば、被告会社が成人の日前後に企業独自の成人祝賀会を行なうのは、これを通じて会社の若年従業員に成人となる社会的意義を自覚させるとともに、普段意思の疎通を欠きがちな製鉄所幹部・上司との話合いの場とするためであること、このように意思の疎通をはかることは企業の生産活動にとつても重要な意義をもつており、その意味で成人祝賀会の開催は被告会社の労務管理の一環をなすものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。
(ロ) 挙行の準備・方法など
証人原靖二郎、同阿部隆雄、同沢田昌平、同伊藤力郎、同松岡宏の前記各証言および成立に争いのない乙第三、第四号証によれば、成人祝賀会は、教育部の主管の下に前年の一二月から新成人該当者の確認、場所の選定、実施要領の検討や所要経費の算定などを行ない、所要経費はすべて被告会社が負担すること、祝賀会当日は、会場準備、受付、進行、案内、後片付けなどのために教育課員を中心に三、四〇名の社員が動員され、この勤務につき時間外手当が支給されること、新成人の所属課長、工場長は出席を義務づけられていることをそれぞれ認めることができ、右認定に反する証拠はない。
(ハ) まとめ
規程7号にいう「業務」とはその趣旨からみても狭く直接的生産業務自体に限定して解する合理的理由は認めがたく、会社が主催し、その支配・経済的負担のもとに行なう行事等のうち、会社が主要業務たる生産活動に有益な効果をもたらすことを主要な目的として行なうものについては、右7号にいう「業務」にあたると考えるのが相当であり、本件成人祝賀会の趣旨、目的およびその会の準備、挙行の態様が前記認定のとおりであることを考えると右祝賀会が7号の「業務」にあたることは明らかである。
(2) 次に、原告らの行為が右業務の運営を「阻害」したかにつき検討する。
前記認定のような原告らの成人祝賀会における行動の態様、すなわち原告石川がフアンタの瓶を壁に投げつけ大きな音を響かせ、続いて演壇手前で成人式粉砕などと大声を挙げ、ほぼ同時に原告田崎が所長の挨拶している演壇にかけ上り、成人式粉砕などと叫び、また原告鶴岡が司会者席に飛び出し、マイクロホンで成人式拒否等のアジ演説をしたこと、このため祝賀会が約五分間中断し再開後も例年とくらべ低調で盛り上りに欠け、祝宴に入つてからも幹部、上司との会話もとぎれがちで余興もなく、終了予定時刻より一〇分も早く終らざるをえなかつたことからすれば、会社の業務たる成人祝賀会は原告らの右行為により阻害されたことは明らかである。
(3) よつて、原告らの右行為は懲戒解雇事由たる社員就業規程四七条一項7号に該当する。
(三) 8号の懲戒解雇事由について
前記のようにマイクの本体をつかんでいる原告鶴岡から藤谷がこれを取りあげようとした際マイクロホンをささえる接触部が折損したことは前記認定の通りであるが、原告鶴岡が故意にしたと認めるには未だ十分とはいえない。
(四) 9号の懲戒解雇事由について
(1) まず、原告石川の壁にフアンタ瓶を投げつけた行為は所長ないし他の人々に向けてなされたものではなく、またこの破裂音によつて人を畏怖させることを意図したものであることを窺わしめる証拠はない。もつとも証人長田輝雄の前記証言によれば、右行為により参加者がびつくりしたことを認めることができるのであるが、それが人を畏怖させるに足りる効果を持つていたとするには足りず、したがつて、これをもつて他人に暴行強迫をしたということはできない。また、その後大声で成人式粉砕と叫んだり、制止に従わず抵抗したことをもつてただちに暴行・強迫にあたるとも言えない。
(2) 次に、原告田崎が演壇にかけ上り、所長の方に右手をつき出すような動作を見て、田崎が所長に危害を加えるのではないかと思われたことは証人長田輝雄、同伊藤力郎の前記各証言により窺い知れ、これらの事実から田崎の右行為が所長に対する「暴行・強迫」と評価する余地はあながち否定できないところであるが、9号に規定する「暴行・強迫」が懲戒解雇という重大な不利益処分の事由であることを考えると、その要件の解釈は厳格になされなければならず、特に、前記のように田崎の手が所長に対する有形力の行使としてその身体に触れたとは認められないこと、また田崎の演壇に上つた目的が所長に暴行・強迫をするためであることを認めるに足りる証拠はなく、むしろ原告田崎本人尋問の結果によれば、所長の前にあるマイクロホンで自己の主張を述べることが目的であつたことがうかがわれるのであつて、これらの事実を考慮すると右行為をもつて、9号の「暴行・強迫」に該当すると認めるのは相当でないというべきである。
(五) 11号の懲戒解雇事由について
前記認定の石川、田崎の就労闘争と称する行為は、その態様からみても「業務上の指揮命令に違反した」ものということができる。
なお、原告らは、就業の禁止は不合理でかつその要件を欠くと信じたから右のような行為をしたものであつて右11号に該当しないと主張するが、懲戒事由があると思われる者を処分が決定するまで就業禁止にする制度は、企業秩序の維持という懲戒制度の趣旨からみてただちに不合理であるとは言えない。したがつて、原告らの行為が少くとも右7号の懲戒解雇事由に該当し、原告らの就業禁止が是認される以上、たとえ要件を欠くと信じて行動しても命令違反が成立することはもちろんである。ただ原告鶴岡については、前記の成人式での行動が、原告らの共通の目的の下に互に意を通じてなされたものとしても、右就労闘争に関与したことを認めるに足りる証拠はなく、11号違反は成立しない。
(六) 以上のとおり原告石川、同田崎については社員就業規程四七条一項7号、11号に、原告鶴岡については同7号に、それぞれ該当し、したがつて条件付出勤停止処分もその該当事由が存するものと認められる。
3 公序良俗違反
(一) 成立に争いのない乙第一号証によれば、社員就業規程四五条五項は「条件付出勤停止は、以後第四六条または第四七条に該当する行為があつた場合には、懲戒解雇に処することを明示した上で始末書を提出させ一〇日以内出勤を停止し、その間の賃金は支給しない。」と規定していること、そして右四六条は、けん責、減給、出勤停止の事由を規定していることが認められる。
(二) 右規程を字義通り解釈するかぎり、条件付出勤停止に処せられた者は、以後通例ならけん責程度の軽い懲戒が相当であるような行為を一度でもすれば、必ず懲戒解雇に処せられることになるし、またこのような条件付出勤停止の効果は、従業員でいるかぎり無期限に続くこととなる。したがつて、この処分が以後被処分者の労働契約上の地位を不安定にするものであることは一応否定できない。
(三) ところが、証人関口四郎の証言によれば、被告会社としては、条件付出勤停止をうけた者であつても、ささいな事由で懲戒解雇になることのないよう弾力的運用を行ない、この処分をうけながら再度懲戒事由にあたる行為をしたときはその情状が重いのは当然であるが、なおその時点でそのあやまちの内容、その後の反省等を勘案して処分を決めるという方法をとつていること、そして旧八幡製鉄における合併前一〇年間に約三〇件の条件付出勤停止処分があつたが、そのうち再度事件を起して懲戒解雇になつたのは一件のみで、その一件は強姦致傷事件によりこの処分を受けながら約一年後同種事犯をしたため懲戒解雇になつたにすぎないことを認めることができる。
右事実によれば、条件付出勤停止制度が必ずしも字義通り厳格に適用されるものでなく、これまで苛酷な結果をもたらしているとは言えない。
(四) また前記証人関口四郎および証人佐藤道雄の各証言によれば、条件付出勤停止制度は元来懲戒解雇になるべき者を救済するために旧八幡製鉄において労働組合側の提案により設けられた制度であることが認められ、また証人佐藤道雄の右証言によれば、富士製鉄との合併に際し富士製鉄の労働組合においてこの制度の受入れを検討した際にも懲戒解雇になるよりは不安定さはあつても条件付出勤停止の方がよいとしてこれを受け入れることとし、労働組合としては労使の交渉において会社側が、再度の懲戒事由・期限などの問題点については運用上配慮すると言明したことを一応信頼し、これらの改善は今後組合として逐次努力することとしたことが認められる。そしていずれも成立に争いのない乙第二号証の三ないし六によれば、被告会社と被告会社の各労働組合との昭和四五年一〇月一日付覚書9(2)によれば「条件付出勤停止は懲戒解雇に該当するものに対し行なわれるものである。」旨合意されていることが認められる。
(五) したがつて、条件付出勤停止制度は、あくまで懲戒解雇に該当する者に対し、その処分を猶予する制度であるから、この処分を受けた者の地位の不安定はある程度受忍しなくてはならず、右不安定さを軽減する被告会社の弾力的運用の方針にも一応労使慣行上の裏付けがあるものと言うべきであり、また右制度の沿革に照らしても条件付出勤停止制度の存在が許されないとは言えず、該認定と相容れない原告らの主張は採用できない。
4 懲戒権の濫用
原告らの成人祝賀会における行為は、社員就業規程四七条一項7号に該当するものであり、右祝賀会は、約五分間の中断で再開されたとはいえ、会の本来の目的達成に重大な障害を与えたことは前記認定のとおりであつて決して軽微なものとはいえない。また、前記のように原告らの成人祝賀会での行動はその具体的細目はともかく成人式拒否を新成人に呼びかけることをあらかじめ相談をしたうえでの計画的行動であることは前記認定のとおりであり、さらに右行為後においても、原告石川、同田崎は、前記のように就業禁止に反して就労しようとしたり、証人原靖二郎、同沢田昌平の各証言によれば、被告会社担当者の事情聴取にも殆んど応ぜず、賞罰委員会の席で原告らに事実の認否、弁明の機会を与えた際にも、原告らはその動機等につき積極的に述べなかつたことが認められる。
また、証人原靖二郎の右証言によれば、右賞罰委員会において出席委員全員が原告らの行為が懲戒解雇に該るという点では意見が一致したが、一部委員から原告らがまだ若年であること、生産業務自体を妨害したものでないことを考慮して、条件付出勤停止処分にとどめるべきだとの少数意見が出され、懲戒権者たる所長はこの少数意見を考慮して本件懲戒処分をしたことが認められる。
以上の諸事実を考慮すれば懲戒解雇を減じてした本件懲戒処分は決して重いものとは認められず、したがつて、懲戒権を濫用したものとは言えない。なお、原告らの行動の動機がたとえ原告ら主張のとおりであつたとしても、原告らの行動が正当化されるいわれのないものであることは多言を要しない。
5 そうだとすると、原告らに対する本件懲戒処分は正当であり有効とすべきものである。
三、それゆえ、本件懲戒処分の無効を前提とする原告らの他の主張もすべて採用できない。
四、労働基準法九一条違反について
1 同条の立法趣旨は、賃金を減額する制裁は、賃金を生活の拠りどころとする労働者の生活を脅かし苛酷な結果になりがちなため、これを一定の限度に制限することにある。したがつてこの制限を超える制裁規定を定めることは、たとえこれが労働協約によつて労働組合の合意のもとになされた場合でも強行法規に牴触し無効であり、個別的労働関係を規律する効力をもたない。
2 「昭和四六年年末賞与および昭和四七年中元賞与に関する協定書」(以下賞与協定という。)四条一項二号の効力について
(一) 成立に争いのない乙一四号証によれば、被告会社と被告会社各労働組合との間で昭和四六年一二月四日賞与協定が締結され、同協定四条一項二号は、本件中元賞与の受給無資格者の一つとして「調査期間中に条件付出勤停止の処分を受けた者」を規定していることが認められる。
(二) 労働基準法一一条によれば、同法上の賃金とは労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいうと定義されており、前記証人原靖二郎の証言(第二回)ならびに成立に争いのない甲第二、第三、第一〇号証および前記乙第一四号証によれば、被告会社は賞与支給規程を定めて毎年二回賞与を支給することとし、各年ごとに賞与支給要件などにつき労働協約を結び、これにもとづき各従業員に支給してきたこと、昭和四七年中元賞与についても、そのような協約により明確に支給要件が定められていたこと、この要件によると被告会社の裁量により定められる部分は明確に限定され、その余は各自の資格要件等にもとづき一定の計算に従つて算出され被告会社の恣意は許されないことが認められ、これら賞与支給の実態からすれば、使用者が任意的、恩恵的に支払うものとはとうていいえず、少くとも労働協約が締結された以上、賞与を受給することは個々の労働者の権利となつていること明らかであるから、右中元賞与も労働の対償としての性格を有し、労働基準法上の賃金たる性質をもつものであることは多言を要しない。
(三) 被告会社は原告らについて賞与受給無資格者と定められ、それゆえ具体的賞与支給額は何ら明確化されておらず、労働基準法九一条適用の余地がないこと、また一般的に会社が賞与支給規程により賞与を支給すると定めても、毎年労使間で結ばれる賞与協定によりはじめて支給要件が具体化するものであり、そこでは会社の収益状態に応じてあるいは社員の企業に対する貢献度に応じて労使間において自由に定めうるのであるから、原告らのように懲戒解雇に該当する行為をし特に猶予されて条件付出勤停止処分を受けた者は貢献度がマイナスであり、賞与協定により受給無資格者と定めても不合理とも言えず、とうてい制裁規定を定めたものと言えないと主張するが、労働基準法九一条の趣旨からすれば、期間中に労働に従事したにもかかわらず、一定の事由によりその対償としての賃金の全部または一部を支給しない旨定めることは、その事由が一旦発生した賃金債権の消滅事由として規定されるか、あるいは賃金債権の発生そのものの障害事由として規定されるかによりその本質を異にするものとは考えられないから、ともに同条にいう減給にあたると解すべきであり、前記賞与協定四条一項二号によれば、条件付出勤停止処分を受けたものは他に存する企業への貢献度を一切考慮することなく、一率に無資格者と定め、不完全受給資格者と比べ極めてきびしく取り扱われているものであり、右条項は労使間の協定という形式をとつてはいるものの実質的には懲戒事由該当を理由としてこれに対する制裁を定めたものと言わざるを得ない。もし、被告会社の主張するように賃金債権発生の障害事由として定める場合には前記九一条に牴触しないとするならば本件賞与のみならず毎月支給される賃金についても適宜減額しうることとなり、結局同条項の潜脱を許すこととなる。以上のとおり、賞与協定四条一項二号の規定は制裁として賃金を減給する定めであり、それが労働基準法九一条の制限を超えるものであることは明白であるから無効である。それゆえ、原告らは賞与協定において賞与支給有資格者として他の同種社員と同様に取扱われるべきものである。
もつとも、賃金としての賞与の特色の一つは同じ労働に従事した労働者においてもその支給額に高低が存する点にあり、その意味で被告のいう各自の貢献度に応じて支給すること、すなわち被告が成績考課にもとづき一定の幅で支給額を定めうる裁量権があることはもとよりであるが、これを越えて減給処分を行なうことを実質的な理由として賞与を全く支給しないと定めることはやはり賞与の賃金であることを否定することとなり、前記九一条に反することとなるのである。
3 原告らに支給されるべき本件中元賞与額の算定
(一) 前記乙第一四号証によれば、本件中元賞与は次の算式により与えられることが認められる。
支給賞与額={(基本給×支給率)+(基準額×成績率)}×(調査期間中の暦日数-欠勤日数)/調査期間中の暦日数
(二) 右乙第一四号証ならびにいずれも成立に争いのない乙第一七号証の一ないし七および第一八号証によれば、原告らはいずれも昭和四七年四月一日当時技術職の担当補であつたこと、原告石川、同田崎の同年三月三一日当時の基本給はいずれも二万〇、三一〇円、担当補の率部分の支給率は一・九〇五四、技術職担当補の額部分基準額は三万〇、一〇〇円であつたこと、原告石川、同田崎の調査期間中の欠勤日数(出勤停止日数を含む。)は各一〇日、同期間中の暦日数は一八三日であることがそれぞれ認められる。なお前記乙第一四号証によれば、技術職の成績率は基準額の上下各三〇パーセントの範囲内でのみ被告が成績考課にもとづき査定することができ、この範囲内では被告の裁量が認められるが、少くとも基準額の七〇パーセントについては右査定をまたず求めうる。
(三) そこで、原告石川、同田崎が支給されるべき賞与額はいずれも次の算式のとおり少くとも五万六、五〇一円となる。
(20,310円×1.9054+30,100円×0.7)×183-10/183=56,501円
また、前記乙第一四号証、同第一七号証の一ないし七によれば、原告鶴岡は調査期間中業務外の傷病などにより一三六日以上欠勤しており、前記算式による賞与額が五万円に満たないこと明らかであるから、賞与協定六条により最低保障をうけ、支給されるべき賞与額が五万円となる。
4 「昭和四七年度社員昇給に関する協定書」(以下昇給協定という。)四条但書一号の効力について
(一) 成立に争いのない乙第一二号証によれば、被告会社と被告会社各組合との間で昭和四七年四月一日昇給協定が締結され、同協定四条但書一号は「調査期間において、けん責二回以上、減給、出勤停止または条件付出勤停止の懲戒処分を受けた者」を昭和四七年度の昇給無資格者とする旨定めていることが認められる。
(二) 昇給は将来にむかつて一定の労働に対する対償を増額させることを内容とするものであり、昇給無資格者は従来どおりの労働の対償が支払われるだけで労働の対償そのものの減額があるわけでない。たしかに右該当者は昇給した者と較べれば、減額されたのと同様な経済上の不利益をもたらされることになり、したがつて一定の時期がくれば当然にそのときの協定内容により労働の対償額の増額を受けるべき権利が認められる場合においては、その権利を否定し増額させないことは実質的には減額であると構成し、労働基準法九一条を適用する余地もある。成立に争いのない乙第二号証によれば、被告会社においては就業規則たる賃金規程中に昇給に関して「昇給は毎年四月一日に行なう。」旨の規定が存することが認められ、いずれも成立に争いのない甲第五、第六、第八、第一〇号証によれば、慣行的にも毎年定期に昇給が実施されてきたことが認められるが、社員であれば当然に昇給をうける権利があるとまで認めることはできない。したがつて、特に昇給の資格要件の定め方について同法九一条の適用があると解すべき理由はない。
五、そこで、原告らの被告に対する本件各請求は、原告石川、同田崎に対しいずれも金五万六、五〇一円、同鶴岡に対し金五万円の各賞与金およびこれに対する右弁済期の後である昭和四七年一〇月一〇日以降完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において正当であるからこれを認容することとし、その余の請求はいずれも失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を適用し、なお、仮執行宣言の申立については相当でないので却下することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 礒邊衛 安斎隆 小林克已)